(後から謝っても許さないから。もうあの人とはお終い)
二つ並んだベンチの前を通り過ぎると、公衆トイレが視界に入った。その先が公園の出口になっており、すぐ近くに居酒屋、ラーメン屋など比較的遅くまで営業している店舗が並んでいた。
(何か食べていこうかしら)
そう思った刹那、背後の繁みで音がした。反射的に足を止め、振り向こうとした裕美子は、強い力で羽交い締めにされた。身体の自由を奪われ、繁みへ引きずり込まれようとしていた。
(何? 何よ?)
突然の出来事に頭の中が真っ白になった。叫ぼうにも声が出ない。喉がカラカラに渇いていた。酒臭い息が自分の頬を撫でた時に、ようやく強姦されそうになっているのが解った。時間にすればほんの十秒程度だろうが、ひどく長く感じられた。
芝生に押し倒され、タオルのようなものを口に押し込まれた。ベンチの陰になり、照明が届かない位置だ。
(やめてっ、やめてっ! 誰か助けてっ!)
懸命の叫びも呻き声にしかならない。素早い動きで、暴漢は用意していたガムテープを使って裕美子の両手の自由を奪った。
男のヌメヌメとした唇が首筋を這う。裕美子の全身に言いようの無い悪寒が走った。まるでその部分から自分の身体が腐っていくような思いだ。
(わたしが何をしたって言うのよっ! 助けてっ、渉! 渉! お願いっ!)
さっきまでの怒りを忘れて、裕美子は心の中で恋人の名前を呼んだ。
薄手の上着を引き裂かれ、乳房が露出した。男は呼吸を乱し、震える乳房にむしゃぶりつく。ナメクジが這うような不快な音とともに乳首を吸われ、鳥肌がたった。自由にならない両手で拳を作り、裕美子は男の背中を思い切り叩いた。さらに足をばたつかせ必死に抵抗する。
(やめてっ! やめてっ!)
男が乳房から顔を上げた。暗くて表情は読み取れないが、それほど若い男ではないようだった。頬を平手で数回叩かれ、焼けつくような痛みが走った。唇が切れ、血の味がした。
「おとなしくしろ」
初めて男が言葉を発した。また顔に酒臭い息がかかる。男の低い声が、有無を言わさぬ迫力をもって裕美子の抵抗力を奪った。
(殺される!)
命の危険を感じると同時に、金縛りに遭ったように身体が動かなくなった。裕美子が抵抗を止めると、男は満足したように再び乳房に顔を埋めた。
(渉! 何で助けに来てくれないの!)
恐怖を全身で感じながらも、裕美子は激しい怒りを目の前の暴漢よりも、むしろ恋人の渉に向けた。
暴漢はミニスカートをたくし上げ、裕美子の最後のものを蹂躙しようとしていた。太ももにしゃぶりついて、その豊かな感触を楽しんでいる。
(何で、何でわたしがこんな目に遭わなくちゃいけないの!)
両足を大きく開いた屈辱的な姿勢をとらされると、彼女の中で恐怖と羞恥が交錯し、熱い涙が頬をつたうのを感じた。男の手がもどかしそうな動きで下着を剥ぎにかかる。
パニック状態になりながらも、裕美子は少しでも時間をかせごうと考えた。不自由な手を動かしてみる。わずかに身体の位置が変わると、指先が石のような物に触れた。大きさを確かめてみると、やっと両手で掴めるくらいで、かなり大きな石だ。彼女の股間に熱中している男は、腕の動きまでは監視できていなかった。
テープを巻かれた両手で石を強く握り、裕美子は大きく深呼吸をした。何度かの呼吸の後、自分の股間に顔を埋めている男の頭をめがけ、思いっきり石を打ち下ろした。スイカ割りをした時のような感触とともに、激しい痛みを太ももに感じた。夢中で二度、三度と続けざまに打ち下ろした。全く予期していなかった反撃に、男は声を上げることもできずに動かなくなった。
全身で激しい呼吸をした。強姦されそうになったショックと、激しい太ももの痛みで身体を動かすことができなかった。
(死んだの……かしら)
次第にはっきりしてきた頭に、ぼんやりとした不安が浮かんできた。後ずさりするように男の身体から離れた。しゃくり上げながらテープを噛み切り、両手の自由を回復した。
「痛っ!」
立ち上がろうとして太ももの痛みを思い出した。頭を殴られた反動で男が噛みついたらしく、血が流れ出している。とりあえずハンカチを傷口に巻き、スカートと上着の乱れを直した。
うつ伏せで頭から血を流している男、そばには赤黒いしみのついた石が転がっている。
「わたしが……、殺しちゃったの?」
事の重大さをはっきり認識した。
(どうしよう、殺すつもりなんかなかったのに)
不安と恐怖が脳裏を埋め尽くす。うつぶせになった男の身体を見おろしたまま、裕美子は呆然としていた。
(わたし……殺人犯になるのかしら? 殺人犯……。でも、でもこの男はわたしをレイプしようとしたのよ。わたしは自分を、自分の身体を守ろうとしただけよ……)
自問自答を繰り返し、自分を正当化しようと努めた。
(そうよ、この男が悪いのよ。わたしは正当防衛よ。この男が悪いんだわ)
裕美子は走り出した。痛む足を引きずりながらも懸命に走った。
(もう少しでアパートだわ。部屋に着いたら何事もなかったように眠ってしまおう。そうよ、わたしは悪くないのよ、わたしは悪くない……)
カーテン越しの柔らかな朝の光が寝室を照らす。その明かりで裕美子は目を覚ました。さわやかな陽光とは対照的に気分は最悪だった。二日酔いだろうか、頭がクラクラする。
(今度はあの時の夢……。思い出したくもないあの時の……)
昨晩はひとしきりの慟哭の後で浴びるほど酒を飲んだのだ。恐ろしい手紙のことを少しでも忘れ、あの記憶が少しでも薄らぐように。泥酔し、前後不覚のまま眠ってしまったのだ。いや、眠ったというよりも、あまりのショックと深酒で失神してしまったのかもしれない。
熱いシャワーを全身に浴びた。痛いほどの勢いが肌を刺激し、頭もはっきりしてきた。
ふっくらとした乳房に自分で触れてみる。なだらかに盛り上がり、白い肌には青い静脈が浮き出ている。頂上には控えめな様子で、小さな乳首が桜色に彩られていた。わき腹から腰へかけての曲線は緩やかで、細い上半身に比べると、いくぶん豊かさをもったヒップが支えていた。そこから伸びているしなやかな二本の太ももは、ふくらはぎにかけてぴっちりと引き締まっている。そして付根の黒々とした深い繁み……。
(この身体……。この身体を求められているんだわ……)
吹っ切るように裕美子は頭からシャワーを浴びた。
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