「あっ、ああっ!」
一瞬の震えが身体を包んだとき、男の唇は裕美子の最も繊細な部分に来ていた。期待に応え、男の舌は小刻みな動きで敏感な突起を刺激する。
全身を電流が駆け抜け、震えるような悦びに満たされた。とめどなく溢れ出る悦びの蜜、それをすくうように吸われる淫靡な響きが、くすぶり続けていた裕美子の官能の炎を燃え上がらせる。
(こんなの初めてだわ)
柔らかな肉壁を指で押し開かれ、舌先が奥まで入って来ると、忘我の手前で裕美子は思った。充血した真珠を舐められ、桜の蕾のような乳首が指で弄ばれている。
津波のように押し寄せてくる快楽に飲み込まれ、裕美子は激しい息づかいで自分の股間にある男の頭を押さえた。さらに顔を左右に振りながら身体を弓なりに反らせる。
裕美子の妖艶な表情がスタンドに照らされる。薄く開いた切れ長の目、眉間に細いしわを寄せている。身体は歓喜に震えているのだが、まだどこかに自制心が残っていた。
汗にまみれた男の呼吸音に混ざり、裕美子の糸を曳くような喘ぎ声が静かに響き渡る。
(こんな恥ずかしいこと、これ以上はダメ……)
(思うさま快楽を貪るのよ、久しぶりじゃないの。もっと楽しみたいわ)
相反する思いが裕美子の脳裏で葛藤を演じる。
絡み合う浅黒い肉体と汗ばんだ白い肢体が妖しい音色を奏で、男の舌と指が裕美子を責める。舌で柔らかく、指で強く。湿り気を帯びたか細い声で裕美子は反応した。大きく足を開かれた身体が波を打ち、乳房も弾む。
(もうだめよ! おかしくなっちゃうぅ!)
忘れかけていた肉体の悦びが裕美子の全身を支配し、心の葛藤に終止符が打たれた。
「だめっ、だめっ! 来てっ、早くぅ……」
呟くように男の最後のものを求めた。しかし男は裕美子の言葉が聞こえないのか、それとも無視しているのか、真珠の愛撫を続ける。流れ出た蜜がシーツに染みこんで大きな円を描いている。
(焦らさないで、お願いっ)
腰を振って催促する。男はゆっくりした動作で裕美子の股間から顔を上げ、赤紫色の先端を濡れて光る亀裂に触れさせた。鼓動の高まりとともに、裕美子の期待感も膨らんでいく。
(ああっ、そうよ! そのまま来てっ! 早く入って来てっ)
言葉の代わりに、裕美子は男の尻に手をまわして抱き寄せる。青いマニキュアの爪が男の肌に食い込んだ。男は一呼吸置き、先端をこじ入れるように身体を重ね合わせる。待ち望んでいた逞しさに裕美子は貫かれた。
「う…、ぐぅ!」
自分の声で裕美子は目を覚ました。かなり大きな声だったようだ。ハッとして隣で寝ている夫を見たが、何事もなかったように気持ち良さそうないびきをかいている。その寝顔を見ながら、裕美子は枕もとのタオルで額の汗をぬぐった。寝汗で濡れたパジャマがべとつき、少し不快な思いだった。
「夢……」
ため息まじりに呟く。
(なんでこんな夢を見るのかしら。ここのところ毎晩だわ)
首筋にタオルをあてて考えた。ひとまわり以上年上の夫は、年齢的なものもあるのか、結婚当初から性生活にはきわめて淡白だったが、三年前に交通事故に遭ってからは、身体に触れられたこともない。軽傷で済んだのだが、事故のショックで夫は性的に不能に陥ってしまったのだ。
事故が原因で、仕事上の重要な契約をひとつ落としてしまい、精神的に大打撃を受けたらしいのだ。今では怪我は全快し、前以上に精力的に仕事をこなしている。しかしショックが尾を引いているの、夫婦間に最も大事な部分だけがもとに戻らないのだ。
微妙な部分だけに、裕美子も夫を責めたこともないし、自分から迫った事もない。それだけが夫婦だけではない、そんな自信もあるにはあるのだが、現実はそう単純ではない。裕美子も健康な三十四歳の女だ。何かの時に例えようもない寂寥感に襲われることがあるのも事実である。
夫も男としてのプライドか、裕美子の前で裸にならなくなった。不完全な自分の身体を妻に見られたくないのだろうか。雄としての機能の果たせない自分の姿を……。
(愛撫は要らない、裸にならなくてもいい、服を着たままでもいいから抱きしめて欲しい)
夫に向かって衝動的に叫びたくなることもあった。そう思うこともある。が、口には出せないでいた。逆効果になるのが分かっていたからだ。
(でも……、でもやっぱり……、何だか淋しい……)
それさえ除けば本当に理想的な夫だけに、口惜しさは何倍にも膨れ上がっていくのだ。
午前二時を差した時計の針が暗闇に浮かび上がっている。パジャマの上にガウンをはおり、裕美子は窓から深夜の街を眺めた。南向きのベランダに接している寝室は十二帖ほどの広さだ。大きなダブルベッドと小さなタンスが一つ、それに裕美子の化粧台が置いてあるだけなので、スペースにかなりの余裕がある。
最上階である十五階から見る夜景は静まりかえっている。この景観は裕美子のお気に入りだった。
何がきっかけなのかわからないが、十日ぐらい前から同じ様な夢を見るようになったのだ。相手の男の顔は見えないが、常に同じ男らしいとは感じていた。いつの間にか全裸になっている自分が激しい愛撫を受け、いよいよ最後のものを迎え入れる、その直前に目が覚めるのだ。夢の結末は毎度同じだった。
大きなため息をつく。寒さは感じるのだが、心なしか身体は火照っているようだ。
夫を起こさないように、そっと部屋を出てバスルームに向かう。長い黒髪をアップさせ、熱いシャワーを全身に浴びた。夢についての不安も一緒に洗い流したかったのだ。
白い肌はお湯も弾くほどみずみずしい。
寝る前に入浴しているので、手早く汗を洗い流すだけだ。シャワーを止め、バスタオルで身体をぬぐいながら、備えつけの大型の鏡に自分の姿を写した。
品のあるうりざね顔、涼しげな印象をあたえる切れ長の目に黒く長いまつげ。唇は小さく、頬はふっくらとしていて相手に安心感を与える顔立ちだ。背はそれほど高くなく、全体的に華奢な感じだが、子供を産んでいないのと、週に二回のスポーツクラブによって結婚当初の身体の線が保たれている。優美な曲線を描いている白い肉体は若々しく、三十四歳という年齢を感じさせない。
(ちょっとお腹が出てきたかな。やっぱり年齢なのかしら)
うっすらと脂肪ののった下腹部を撫でながら裕美子は思った。しかし、乳房は誇らしげに張りを保ち、太ももからふくらはぎにかけてのラインには、自分でも少しだけ自信をもっていた。鏡の前でいろいろなポーズをとってみる。
(まだまだ捨てたものじゃないわよね。あなたもそう思うでしょう)
鏡の中の自分自身に微笑みながら話しかけた。
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