2ntブログ

女神の乳房 第12話

2008/03/23 22:13 

妖艶着物妻

「おはよう、渉です。もう起きてた?」
 渉の第一声は明るく、裕美子の機嫌をとっているようだ。
「起きてますよ。専業主婦の朝は早いんだから」
 当然ながら機嫌は悪くない。おどけた返事で応えた。
「実はさ……、急ぎの仕事が入っちゃってね。今から出社しなくちゃならならいんだ」
「そうなの……、残念だわ」
 今日の日を楽しみにしながらも、心のどこかでこんな状況を予期していたのかもしれない。それほど動揺していない、残念がっていない自分が不思議だった。
「僕も楽しみにしてたんだけどね……」
 心底残念そうな響きが、逆に裕美子へ突き刺さる。
 渉が電話を切ったのを確かめてから彼女も切った。深々とソファに腰を沈め、投げ出すようにテーブルに電話を置いた。紅茶を一口すすり、ふうっ、とため息をつく。
「しょうがないわ……」
 会社では重要な地位に就いているのなら、急な商談なんかには出なくちゃならないこともあるだろう。それは夫との結婚生活で嫌というほど思い知らされていた。
 楽しみにしていた旅行を直前にキャンセルしたことも数え切れない。それはそれで夫が必要とされている、そう考えることにして何度も堪えてきた。あるいは慣れている、と言ってもいいかもしれない。
 だから今日の渉の件にしても、残念だとは思うが怒ってはいないし、そんなことで目くじらを立てるほど自分は狭量ではない。しかし頭では理解していても、何ともやりきれないものが心の底に澱んでいるのも確かだ。
(せっかく日常から飛び出せると思ってたのに……。よっぽど運が悪いのね、わたしって)
 旅行をキャンセルした後、「君一人で好きな所へ行ってくればいいよ。僕の分まで楽しんできてくれよ」夫は必ずそう言ってくれるのだが、それはちょっと違う、裕美子は思っていた。
 確かに旅行は楽しみにしていたが、それは旅行そのものではなく、夫と二人で行くことが楽しいのであって、一人で行ってくれと言われても行けるものではない。この話を友人にすると、
「あなた信頼されてるのね。一人で旅行に行って来いなんて言ってくれる旦那さんなんかいないわよ。そりゃあ行くべきだわ、行って自由に羽根を伸ばしてくるべきよ」と違った方向で感心されるのだ。
 実際、年に二回ぐらいは友人達と泊まりで旅行に出かけるのだが、夫はそれに関しても誰と行ったのか、どこに行ったのか、などと聞くことはない。それは結婚以来、ここ最近夫の仕事が忙しくなってからはいっそうだ。
 良い方に考えれば信頼されているのだろう。事実、裕美子は結婚してから夫以外の男と二人で会ったことはないし、つい昨日までは考えたこともなかった。世間の標準からしても、充分に貞淑な妻だ、それは自負している。
 しかし反対に考えれば、夫は裕美子の行動に無関心で、自分に知られなければ何をしてもいい、そう思っているのかもしれない。忙しくて若い妻をかまってやれない夫の愛情なのか、肉体的にも満足を与えられないうしろめたさからくる贖罪なのか。他の男と遊んできても良いんだよ、そう暗にほのめかしているのようにもとれる。  

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 もちろん世の中にはさまざまな形の愛情表現があるはずだ。自由奔放に生きる妻を見て、仕事への活力を得る男がいるかもしれない。しかし……。
(本当にわたしは愛されているのだろうか……)
 裕美子の自問にはすぐに答えが出た。
 豪華なマンションに外車、週に二回スポーツクラブに通い、好きな服を着て好きな時に出かけ、時には友人と自宅で飲み明かす……。これは自分が愛されている証拠、裕美子は思った。
(そうよ、誰が愛してもいない女にこんな生活をさせてくれるの……)
 これだけ豊かな生活をさせてくれている夫に申し訳なく思った。ただ生活が幸福なだけに、夫の肉体的な不能がいっそう恨めしくもあった。
(主人が男としてもを愛してくれれば……、渉さんとのデートなんて考えもしなかった)
 知らず知らずに矛先が夫に向いてしまう。
(ダメよ、ダメ!)
 自らの不貞の矛先を夫に向けている自分に気づき、裕美子は慌てて頭を振った。
(今の生活に満足しなきゃ。それなのにわたしったら渉さんと……)
 冷めた紅茶を口につけ、
(これで良かったのかもしれない……、渉さんとは会わなくて正解なのよ。会ってたらその後どうなっていたか自分でも自信がないし……)
 裕美子は思った。



「行ってらっしゃい」
 裕美子は鞄を手渡しながら言った。軽く手を上げて応える夫の姿がエレベーターの中に消えていく。
 一週間の出張を終え、夫は一昨日の夜帰宅した。話そうと思いつつもきっかけがつかめず、結局貴彦と美登里の報告はできなかった。
 何故話せなかったのか考えてみる。夫の機嫌が悪かったわけでも、疲れきっていたわけでもない。ならば何故だろうか。
(もしかして、貴彦さんたちに嫉妬してるのかしら……)
 不意によぎったそんな思いをすぐに打ち消そうとした。自分が欲求不満だからっていくらなんでも……。それでもきっぱり否定はできなかった。。
 昨日一日休んだだけで、夫はまた五日間の出張に出かけて行った。
 あれから二度ほど渉から連絡があったが、裕美子は電話を取らなかった。話をしてしまうと、自分の気持ちが揺らぎそうで怖かったからだ。あの奇妙な夢も何日かは見ることがなかったし、例の不気味な手紙の主からもその後の連絡はなく、裕美子はいつも通りの平凡な日常を取り戻していた……。



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テーマ : 官能小説 - ジャンル : アダルト

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