「ねえ、啓太さん。あなた繭美さんのことどう思ってるの?」
まずは軽くジャブを放った。
「どうって言われても……。彼女はたった一人の従妹……だし……、それ以外には……」
「本当に? ただの従妹としか考えていないの?」
啓太の気持ちをくすぐるように言う。
「海原があんなことになって……、あなたもそうでしょうけど、繭美さんも気落ちしてるわ。ずいぶんやつれちゃったしね」
「僕も最近は会ってないけど……、そうなのかぁ……。でも繭美さんには西条という夫がいるじゃないですか?」
「それはそうだけど、いざとなったらやっぱり肉親、ていうか血の繋がりって強いんじゃないかしら」
「玲緒奈さん、それ、どういう意味?」
間延びした啓太の表情が珍しく引き締まった。だらりとしていた背筋がピンと伸び、身を乗り出してくる。
――やはり食いついてきた――
玲緒奈はほくそ笑んだ。
以前から啓太が繭美に思いを寄せているのを、彼女は見抜いていた。駿策と繭美の結婚式の会場においても、トイレで泣いていたのを知っている。
「どうもこうも、そのままの意味よ。海原は親類が少ないでしょう? あたしだって義理だし、繭美にとってあなたは数少ない血縁の一人なのよ」
運ばれてきたコーヒーには目もくれず、啓太の視線は玲緒奈に突き刺さったまま動かない。よほど繭美にご執心なのだ。
「でも西条がいるじゃないですか。僕がしゃしゃり出ることなんて……」
「あなたは女心を知らないわ」
啓太の言葉を途中でピシャリと遮り、
「結婚なんて単なる契約よ。一緒に死ぬわけでもないし、時の流れに心変わりだってするでしょう。それに……」
あえて間を置き、軽く髪をかき上げた。
「それに、何? 繭美さんがどうしたの?」
玲緒奈へ食いつかんばかりににじり寄ってくる。普段の生活でもこれだけの積極性があれば、もう少しはましな男になるのだが。
「繭美さんたち夫婦って上手くいってるのかしら? あたしにはあんまりそうは見えないけど」
ただでさえ悪い頭が、繭美のことになれば白痴同然になる。手のひらに乗せた愚かな男を、思い通りに転がすのは面白くてたまらない。
「上手く……いってないの? 彼女たち……」
心配を装ってはいるが、内心の喜びがはっきりと顔に出ている。
――まったく馬鹿な男。これで本当に三十歳なのかしら――
目的達成のためにやむを得ず言葉を交わしているが、本来なら一分も同席したくない男だ。吐き気をもよおすほどの不快さをグッと堪え、
「彼女との会話でね、時々出るのよ、あなたのことが。そんなとき繭美さん、何だか楽しそうに見えるわ。従兄であり幼馴染でもあるあなたをけっこう意識してるみたい」
「繭美さんが、僕を……」
独り噛みしめるように呟いた。
――自分が女に好かれるかどうかぐらい分かるでしょうに――
唾でも吐きかけたい気にさせられたが、
「よっぽど冷めちゃってるんでしょうね、彼女たちの夫婦関係……」
カップについた口紅を丁寧に拭き取り、
「繭美さん、どこかであなたに期待してるのよ、きっと」
啓太の男心を刺激する、最も効果的な一言だ。
「そ、それで、僕にどうしろと……?」
「あたしの口からは言えないわ。今話したことをよく考えて、あなた自身が判断することね。ああいう娘だから、自分から言い出すことはないでしょう。誰かが助け出してくれくれるのをじっと待っている、そうでしょう? 彼女って」
繭美はおろか、世界中のどんな女だって、この男に助けて欲しいとは思わないだろう。あまりにも白々しい嘘に、自分でも吹き出しそうだった……。
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