金色の背徳 第23話
「はい、涼子です」
さっきまでの妄想を一切捨て、澄み切った甲高い声で応えた。
「涼子先生、ごめんなさい」
「どうしたの? いきなり?」
開口一番、詫びの言葉に、彼女も面食らった。
「仕事が長引いて、今夜の約束守れそうにないんです」
電話の向こうで平身低頭している彼の姿が浮かんだ。
「そうなの……」
最大の理性を発揮して、涼子は努めて冷静に言った。
もう三日も会っていないが、駿策の肌が、愛撫が恋しくてたまらない気持ちをグッと堪えた。すねるのは逆効果だ、年上女の奸智である。
「じゃあ明日? わたしも本当は明日の方が都合はいいのよ」
精一杯の見栄を張った。
本当は今晩、いや、今すぐにでも会いたい。会って抱かれたい、舐められたい、貫かれたいのだ。
「すいません。僕も涼子先生と会いたいのはやまやまなんですが、明日は早く帰るって繭美と約束してるんです」
「そう……残念ね。わたしも楽しみにしてたのに……。でも仕事なら仕方ないわよ」
歯軋りしながら懐の深いところを見せた。
「それなら次はいつにしようかしら? あなたも忙しいでしょうから無理のない日でいいわよ」
「そうですね、来週なら、来週の火曜日なら間違いありません。午後からは予定を入れてませんから」
――嘘! まだ四日も先よ! そんなのわたし、干からびちゃう!――
内心の憤りを押し殺し、
「わかったわ、OKよ。でもあんまり無理しないでね。あなたは海原建設の最後の切り札なんだから」
「ありがとうございます。かえって気を使わせちゃってすいません。このお詫びはきっとします。でも涼子先生こそ気をつけて下さいね、大事な身体なんですから、僕にとっても」
最後の殺し文句で、涼子の苛立ちも少し和らいだ。
「ええ。それじゃあ」
電話を終えると、張りつめていた糸が切れたように、涼子はグッタリとなった。わずか二分足らずの会話で、すべてのエネルギーを消費し尽したかのようだ。
「もう……駿策の馬鹿! わたしがどれだけ会いたがっていると思ってるのよ」
絶望の淵に立たされたような表情で漏らした。
彼との約束の時間までに仕上げようと思っていた事務仕事も手につかない。先ほどまでの高揚感も吹き飛んでしまっている。蛇の生殺しならぬ、熟女の日干しだ。ガランとした事務所内に、涼子のため息だけが響き渡った……。
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