～愛と官能の宴～　滴る蜜

　ホテルの駐車場ではなく、歩いて五分ほどの有料駐車場に車を置いた。駅を利用するときにも使う所だ。もし誰かに車を見られても不審を抱かれないようにとの配慮からだった。
　車から出てコートをはおる。かえって目立つかもしれないと思ったが、サングラスをかけた。化粧も濃く、服装も派手なので、ふだんの裕美子とは違った装いだ。知り合いに見られても気づかれないかもしれない。
　コツコツとヒールを鳴らし、軽やかな足取りでホテルへ向かう。今日はこの冬一番の冷えこみらしいが、頬を撫でる氷のように冷たい風も、すでに火照り始めている裕美子の肌にはむしろ心地よかった。
　先日と同じく、ロビーは待ち合わせの人々で賑やかだった。
（この中にもわたしと同じ様な目的の人たちもいるのよね）
　身なりを整えた自分と同年輩の何人かの女性を見て思った。自分だけが変わったこと、反道徳的なことしているのではないと言い聞かせたのだ。
　ロビーを素通りし、エレベーターに乗り込んだ。九階のボタンを押した時、閉まろうとするドアの隙間から顔見知りの女性の姿が視界に飛び込んできた。
アッ、と思わず声が出てしまう。それほど意外な人物だったのだ。
　着飾ったその表情からは、裕美子の知っている姿とは別人のような妖艶さをにじみ出させていた。
（美登里さん……）
　横顔をわずかに見ただけなのだが間違いない。何と言っても義理の息子の婚約者だ。いくら裕美子が浮き足立った気持ちでいるとしても、さすがに見間違えることはない。
（何でこんな所に……。貴彦さんとデートなのかしら……）
　見てはいけないものを見てしまったような思いだった。貴彦から紹介されて、その後も何度か会っているが、人ごみの中を闊歩する今日の美登里は、服装だけでなく雰囲気までもどこか違っている感じだった。
（でも美登里さんに間違いないわ……）
　裕美子の疑念をよそに、エレベーターは九階への到着のチャイムを鳴らした。開いたドアの向こうには、静まりかえった廊下が伸びている。
（何だか別人みたい……。まあいいわ……、今のことはしばらく忘れないと）
　903号室の前に立ち、軽くノックをしながら考えた。
　厚いカーテンに包まれた部屋。ソファやベッドの位置、そして薄い照明、すべてがこの前と同じだった。

「無理を言って申し訳ありません」
　裕美子にソファを勧めながら男は言った。すでにシャワーを浴びたのか、バスローブ姿だった。
「一期一会の思いで貴女と会って、二度と姿を現すつもりはなかったのです、これだけは信じてください……」
　今回の裕美子には、脱いだコートをクローゼットに掛けるだけの精神的な余裕があった。
「ご連絡をいただいて……、正直言って驚きました。でも嬉しかった……」
　ソファに身体を沈め、膝の上にバッグを置いた。男に見えるように携帯を取りだし、電源を切る。最大限に自分の気持ちを表した行動だった。
「そう言ってもらえると救われます……。貴女の神々しいまでの姿が、頭から離れないのです、情けない話です。この苦しみからわたしを救ってくれるのは貴女だけなのです……。それをはっきりと悟りました」
　まさに女神にすがる信者のようだ。
「貴女の身体、貴女の存在はわたしを何の悩みもない、天国のような世界に導いてくれる掛け橋のなのです」
　サングラスの奥の瞳はどんな動きをしているのだろうか。
（この人はわたしの身体を何よりも望んでいる。そしてわたしも……）
「今日は初めからそのつもりで来ました」
　バッグを膝から降ろして床に置いた。
「あなたは……、あなたはわたしの積年の苦痛を取り除いてくれました。たとえそれがわたしの誤解から生まれたものだったとしてもです。あなたに会わなければ、この苦痛を抱いたまま生涯を過ごすことになったでしょう。いわばあなたはわたしの恩人です。その恩人の望むことならば、そしてそれがわたしの力の及ぶことならば、わたしはできる限りのことをあなたにして差し上げたいのです」
「裕美子さん……」
「わたしはあなたがどんな方かは知りません。知りたいとは思いますが、たとえどんな方であったとしても、わたしにとっての恩人であることには変わりがないのですから」
　裕美子は立ち上がって上着を脱いだ。薄い照明に細身のシルエットが浮かび上がる。男は裕美子の背後に回って華奢な身体を抱きしめた。
「貴女はどうしてそんなに素敵なんですか……」
　のぞき込むように背後から唇を合わせた。ふわっと柑橘系の香りが裕美子の鼻腔に漂う。男の舌を受け入れ、自分の舌をからみつける。前回は緊張のあまり身体の快感の思い出しかないが、今回は二度目とあって、裕美子も少しは余裕をもって身を任せることができた。


　男は裕美子の身体を抱き上げようとしたが、
「待って、待ってください。シャワーを使わせて……」
　そう言って裕美子が軽い抵抗をみせると、男は黙って裕美子に従った。わずかに気まずい雰囲気が流れたが、裕美子は素早くバスルームにすべりこんだ。寝起きに一度浴びたので、軽く身体を流すだけにした。早く男に抱かれたい気持ちもあった。
　鏡の前で化粧の乱れをチェックし、バスタオルを巻いて男のもとへ向かう。二人では狭く感じられるシングルベッド。男はベッドに腰掛けて裕美子を待っていた。
　男と並んでベッドに座り、イヤリングを外して枕もとに置く。照明に反射してネックレスが光った。鼓動が速くなり、男に聞こえないかと心配になるくらいだった。
　座ったまま唇を合わせ、もつれあったまま二人はベッドに倒れこんだ。裕美子に重なった男は、ゆっくりとした手つきでバスタオルを剥ぎにかかる。白い肌、双の乳房が露出した。ふっくらとしたなかにも張りを保ち、先端の葡萄色はすでに硬さをもっていた。
　男の手が乳房を揉み始める。柔らかな感触を味わい、確かめるような手つきだ。指先で乳房を挟み、乳房全体を円を描くように愛撫する。
「裕美子さん……、会えて嬉しいです」
　唇を離し、片手で裕美子の髪を撫でながら言う。乳房の愛撫は続けている。
「わたしも、とても会いたかった……」
　閉じていた目を開き、サングラスの奥の男の瞳に向かって裕美子は答えた。
「あなたがどんな人であってもかまいません……。わたしの恩人には違いないのですから……」
　再び目を閉じて愛撫を受け入れる姿勢をとった。軽く唇を合わせてから、男は乳房にむしゃぶりついた。男の手の動きで乳房はゴムまりのように弾み、自在に形を変えていく。乳首を唇で挟まれ、男のすぼめた舌先がチロチロと動く。
「ああっ、はあぁ！」
　ピクンと震えた裕美子の身体は前の愛撫を覚えていたようで、反応も敏感だった。吸われ、突かれ、舌先で転がされながら、もう一方の手で乳房を揉まれている。男は公平に両方の乳首を吸った。
「はあっ……、あん……ん」
切なそうな喘ぎが洩れる。眉間にしわを寄せた表情が、薄い照明に艶かしく映える。
「好きだ……、裕美子さん」
　乳房を揉みながら、男は唇をすべらせる。しっとりとした肌の上を蛞蝓が這うように、ネットリとゆっくりと。男の唾液の跡がテラテラと光る。
　腹部から腰のあたりまで唇が下ってくると、裕美子も少しずつ足を広げていく。太ももの付根のあたりを何度も往復してから、男は裕美子の足を大きく開いた。戸惑いがあった前回と違って、今回は楽しみたい気持ちが大きかった。


　逆三角形の繁みの奥にある豊潤な泉が男の目にさらされる。湧き出ている悦びの証がそこに光沢を与えていた。桜色に輝きながら、二人を無限の快楽へと導く入場門のようであった。
「そんなに……、見ないで……」
　裕美子は顔をそむけた。それは早く愛撫をして欲しいという合図でもあったのだ。
「きれいだ、裕美子さん……」
「いやっ、恥ずかしい……」
　軽く首を振る。男も焦らしているのではなさそうだ。ようやく顔を近づけ、まずは輪郭線を舌でなぞった。
「ううっ、くうぅ……」
　思わず腰を浮かせて指を噛む。期待どおりの快感が得られ、裕美子は身体をくねらせずにはいられなかった。
　コリコリとした真珠を男が指の腹で押さえる。それだけでも痺れのようなものを感じ、裕美子は開いた足をベッドに突っ張った。
「いやぁ……」
　裕美子が呟いたとき、男の指は皮を剥いでいた。包まれていた真珠が、熟れた香りとともに露になった。蜜にまみれたそこは、ほの暗い中でも艶やかな光を放ち、男の唇を吸い寄せる。
　ザラザラした舌の感触に身体が熱を帯び、裕美子は男の伸びかけの短髪をつかんだ。掃くような舌の動きに充血し、硬さをもった真珠は敏感さを増しているようだった。
「あああっ！　い……、いい……、あっ……」
　剥き出しになったそこは、男の吐息にさえも敏感に反応する。男は舌先を尖らせて左右に小刻みに動かした。





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