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女神の乳房 第26話

2008/04/16 15:27 

「もう十日……。やっぱり本当に一度っきりってことなのかしら……」
 夫を会社まで送って行った帰りの車中で、裕美子はため息と一緒に吐き出した。
 若い妻に送ってもらうのが嬉しいらしく、夫は週に何度かは裕美子に送迎を頼んだ。
 県外のある町の再開発事業を引き受けたらしく、「僕の生涯で最大の仕事になると思う」そう喜んでいた。地元の住民や商店街との打ち合わせ、下請け業者の手配など、精力的な活動を続けていた。男として充実した毎日を送っているのだろう、最近は何だか若返っているように感じられた。
(そんな元気があるのに……。何故わたしには……ダメなのかしら)
 いつもの疑問だったが、今回は少し感じ方が違っていた。不満をぶつけるのではなく、夫の肉体への純粋な疑問になりつつあった。あの日以来、自分自身に少しだけ余裕を感じることができるようになったのだ。
(もしかして本当は治ってるんじゃないかしら? 治ってるのにわたしに黙ってるのかも……)
 違った角度から推測してみた。徹夜も平気で仕事をこなす夫が、今も性的に不能とはどうしても考えられない。
(それなら何故わたしに黙ってるの? わたしに隠してるなんて、それこそ考えられない……)
 そんな事を思いながらも、
「身体には気をつけて下さいね」
 後姿の夫にそう声をかけるのが精一杯だった。




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 帰宅する途中で朝のラッシュにはまってしまった。まだ八時すぎで、ほとんどがこれから出勤する車だろう。
「まあいいか。特に予定もないし」
 カーラジオのスイッチを入れると、女性DJの声が飛び出してきた。
「……さて、次は蠍座です!」
 どうやら今日の星占いを放送しているらしい。他の女性の例にもれず、どちらかといえば裕美子も占いが好きだった。
「蠍座のあなた、今日はいいですよぉ。心身ともに絶好調! 待ち人は来ますし、探し物は見つかります。特に午前中が良さそうですねぇ。ラッキーアイテムは赤い車、そしてラッキーポイントは渋滞……です。ちょっと変わってますけど、蠍座の方、今日一日は自信をもって下さいね! さあ今度は射手座です……」
 無責任とも思えるような軽薄な調子で言葉が流れていく。
(うそぉ、これってわたしのことみたいじゃない……)
 裕美子は赤いアウディで渋滞に巻き込まれている。まるでどこからか自分の姿を見られているような気がした。
(赤い車に渋滞だなんて……。本当かしら……)
 動いては止まり、止まっては動く。さっきからこの繰り返しなのだが、裕美子にイライラはなかった。単純なもので、何だか楽しくなってきたのだ。
(まあ、でもいいことがあると嬉しいけど)
 占いのコーナーが終わって音楽が流れ出すと、それに合わせて自然に歌詞が口をついて出る。おそらくこの渋滞の中、ウキウキした気分でいるのは自分だけだろう、バックミラーをのぞきながら思った。
 突然、助手席に置いてあるハンドバッグの中からも、裕美子を喜ばせる音楽が流れ出す。
「えっ!」
 正面を見ながら手探りでバッグをいじり、ブルブル震えている携帯をやっとのことで取り出した。「彼」からの着信音だけは他の人とは変えてあるのだ。
「はい、もしもし」
 朝日のようなさわやかな声で応じる。
「おはようございます。今、ちょっといいですか?」
 少し声を変えているような感じ、まぎれもなく、あの時の男だ。急なことでドギマギしながらも、はい、と答えた。
「この間は本当にありがとうございました。わたしの長年の夢、自分勝手な欲望を受け入れてくれて本当に感謝してます」
 わたしの方こそ感謝してます、こみ上げてくる言葉を飲み込んだ。
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 ちょうど車の流れが止まり、ゆっくりと話せる状態になった。携帯を持つ手にも震えがくる。
「それで、情けない男だと笑ってもらって結構なんですが……、もう一度会って欲しいのです……」
 一語一語噛み締めるような言葉に、少し照れが感じられた。
「恥ずかしい話ですが、あの日以来何も手につかないんです。何をするにも貴女の顔、そして美しい肉体が頭に浮かんで……。どうしていいのかわからずに電話をしてしまいました」
 裕美子は言葉を挟まずに、じっと聞き入っていた。
「貴女との夢のようなひとときを想い出として、新しく飛び立とうと思っていたのですが……、貴女のことが忘れられない……」
 鼓動が高まり、裕美子の身体の奥底からメラメラと炎が立ち上ってきた。
「女々しい男と笑って下さい。自分で約束しておきながら、それを自分から破ってしまうなんて……」
 情に訴えるように裕美子に語りかける。焦がれるほど待ち望んでいた展開に、魂が揺さぶられ、足の指先までが熱を帯びていた。
「今日なら……。今日なら都合がつくと思います……」
 燃えあがる内心とは裏腹に、冷静な響きで応えた。
「本当ですか……」
 絶望の淵から這い上がったような声だった。男の哀願に、裕美子の虚栄心は充分に満たされた。
「ただ、まだ出先なんです。ですから……、一時間後にもう一度連絡をもらえますか? その時にハッキリした返事をしますので……」
「わかりました……。一時間後、ですね。必ず電話します」
 通話が切れた後も裕美子はしばらくそのままの姿勢でいた。夢の中にいるような気分に覆われていたのだ。
(うそぉ……、本当に占いが当たっちゃったわ……)
 思いもよらなかった急展開に意識がついてこないようだ。
「もうっ!」
 我にかえると自分に腹が立ってきた。
(何でもっと嬉しそうに応えないのよ! あんなに待ち焦がれてたのにっ! すまし顔で見え張っちゃってさ、何ですぐにでも会いたいって言えなかったのよ!)
「あ~、もし電話がかかってこなかったらどうするのよ!」
 バックミラーに映る自分の顔に声を荒げる。
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 つまらない見栄を張ったことに後悔していたが、「彼」が連絡してくれると信じるしかない。何も知らない人が今の裕美子の姿を見たらどんな感想をもつだろうか、鏡の中の自分を怒鳴っている姿を……。
(あんまりもの欲しそうに思われるのも嫌だけど……。もう少し素直に言えば良かった……。あの人のことだから、きっと連絡はしてきてくれるとは思うけど……)
ほんの今まで気にならなかった渋滞が、急に憎くなった。一時間あれば絶対に家まではたどり着けるのだが、何とももどかしい。
(早く、早く動いてよ……。今日は蠍座は絶好調なのよ……)
 次第に車が流れるようになってきた。九時を過ぎ、ラッシュの波も少しずつ退いているのだろう。
 結局、電話を切ってから三十分で帰宅できた。すぐに鏡台の前に座り、念入りに化粧を始める。真紅の口紅に、青いマニキュア。いつもより少しだけ濃いめだ。
 黒いタイツに黒いセーター。白いスカート丈は膝がわずかに出るぐらい。最近はあまり付けていないネックレスとイヤリングも身につけてみた。
(よし、バッチリだわ。そろそろ電話があるはずだけど……)
 立ち上がって鏡の前でポーズをとりながら思った。ほとんど同時に電話が鳴り出したので、さすがに裕美子も驚いた。
「はい、もしもし」
 またしてもすました声になってしまう。
「何度もすいません。それで都合はどうでしょうか……」
「大丈夫です、お会いできます」
 喜びを抑えながら言う。もうすでに出発の準備は出来ているのだ。
「そうですか、ありがとうございます。ではPホテルの903号室、この前と同じ部屋にいますので、直接部屋までお願いします」
「わかりました。できるだけ早くお伺いします……」
 電話を切ると、もう一度鏡をのぞきこんで化粧をチェックし、コートを脇に抱える。この冬買ったばかりのもので、まだ袖を通していない。黒地に縦のベージュのピンストライプが入っていて、大人の雰囲気をかもし出すコートだ。
(ブーツにしようか、ヒールにしようかな……)
 迷った末にヒールに決めた。
「これなら少しは背が高く見えるでしょう」
 呟きながら自宅を出た。



妖艶着物妻

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