女神の乳房 第23話
どれくらいたったのだろうか。
裕美子が目を覚ましたときには男の姿はなかった。全裸の身体には薄い毛布が掛けてあり、閉じられたカーテンの隙間から、夜の街の明かりが少しだけ差し込んでいる。
(わたし……、気を失っていたのかしら……。彼、帰っちゃったのね……)
ゆっくりと身体を起こしてみる。汗ばんだ全身は心地よい気だるさに包み込まれていた。下半身には、まだ男の塊が残っているような感触があった。望外の悦びを与えられ、いつの間にか「あの男」という呼び方が「彼」に変わっていた。
(いやだわ……、恥ずかしい……)
男と絡み合った自分の姿を思い出し、独り顔を赤らめた。
激しい愛撫に喜悦の声を上げていた自分、腰を振りながら悶えていた自分、必死に男にしがみついていた自分、さまざまな痴態が脳裏に浮かび、よみがえった羞恥心が裕美子を責める。
(もしかして声が隣に聞こえたりしてないかしら……。でも素敵だった……)
隅々まで触られ、舐められた自分の肌をさすりながら、しみじみと余韻に浸った。
(そうだ、今、何時なのかしら)
枕もとの小さな照明を点け、時計を見る。
「六時すぎか……」
声に出して呟いてみる。
男と待ち合わせたのが一時で、実際にベッドに入ったのが一時半ぐらいだろうか。その後はめくるめく快感に包まれ、時間など覚えていない。
(二時間ぐらいは気を失っていたのかしら……)
ベッドから出てバスローブをはおる。男が用意しておいてくれたのか、それは手を伸ばせば届くところに置いてあった。
(いったいどんな人なんだろう……)
バスルームに向かいながら思った。男に対する恐怖や不審はすでになくなり、代わりに興味が湧いてきたのだ。
(わたしも少しは飢えていたかもしれないけど……、でも素敵だった……)
久しぶりだったとはいえ、初めてのベッドインで女をこれほどまで燃えさせた男の情熱と技巧に、裕美子は感心していた。
熱いシャワーを浴び、まとわりついた汗を流すと少しは身体がシャキッとしてきた。着替えるために部屋の照明を点けた。隅々までいきわたる明かりが裕美子を夢から現実へと引き戻した。
ふとテーブルに目をやると、手紙が置かれていることに気がついた。部屋に備えつけの便箋で、裕美子のもとに届いた手紙と同じ達筆だった。男が書いたものに間違いない。
裕美子様
貴女のおかげで素晴らしい時を過ごすことができました。眩いばかりに光り輝く星のような貴女を、遠くから見つめているだけでなく、この腕に抱くことができたなんて夢のようです。
わたしの思っていた通り貴女は女神でした。心も声も、身体も匂いも、すべてにおいてわたしを夢中にさせました。貴女と身も心も溶け合い、触れ合うことができ、感謝の言葉もありません。
貴女と秘密を共有できたことを嬉しく思います。二度と貴女の前に姿を現すことはないでしょうが、身体に気をつけて、いつまでも美しく、わたしの女神でいてくれることを祈っています。
追伸
勝手に帰る失礼をお許し下さい。本当はもっとお話をしたかったのですが、貴女と離れられなくなるのが怖いのです。それから宿泊料金をすでに支払ってありますので、ゆっくりと休んでからお帰り下さい。
歯の浮くような言葉が並べ立てられた熱烈な愛の告白であり、決別の手紙であった。文面から男の匂いが立ち昇っているようだった。裕美子も男ともう少し話をしてみたいと思ったが、連絡先はわからない。わけのわからない寂寥感が身体を包んだ。
ふうっ、とひとつため息をつき、
「そうか……」
と呟いた。
便箋を丁寧に四つ折りにして財布の中に思い出とともにしまい込む。着替えと化粧を済ませ、裕美子は忘れかけていた官能を呼び戻してくれた空間に別れを告げた。
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