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女神の乳房 第18話

2008/04/03 17:17 


「なぜわたしにそんなことを……」
 カラカラになった喉から声を絞り出した。
「前にも言いましたが、わたしはあの時の貴女の美貌、その女神のような美貌に魅入ってしまったのです。それ以来貴女のことが頭を離れませんでした。疑心暗鬼が生んだ妄想から貴女を救い出したかったのです」
「それでわたしを探してまで……」
「ええ、もちろんそんな義侠心ばかりじゃないですけどね。手紙に書いたように貴女の身体という最終的な目的がありますけど……」
 マスクの中の唇が微笑んでいるようだった。
「お水を一杯いただけません? あんまり突然の事で興奮しちゃって、喉がカラカラなんです」
 初めて裕美子は微笑を浮かべた。暗闇の中にほのかに燈る明かりのような、心からの笑顔だった。 男が注いだオレンジジュースを、裕美子は一気に飲み干した。喉に染みわたる冷たさが心地よく、つっかえていたものを流してくれるような気がした。
「なんてお礼を言ったらいいのか……」
 ハンカチで口もとをおさえながら言う。




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「お礼なんて、とんでもありませんよ。言ったとおりに取引なんです。今度は貴女の番ですよ」
 手を振りながら言う男に、裕美子にはまた新たな疑問がわいてきた。
(わたしにわざわざ真相を教えてくれるだけのために、何でこんなに変装しなくちゃいけないの……)
 やはり自分の知っている人なのだろうか、それとも……。裕美子の頭に閃きが走った。まさかこの人があの時の男ってことはないかしら……。事件の顛末をあまりに良く知ってるみたいだし……。
「わたしに対して疑問をお持ちのようですね」
 心のうちを見透かされた裕美子は驚きを隠せなかった。
「いいんですよ、その疑問は当然です」
 男はいったん言葉を切り、少しの間をおいて続けた。
「わたしも自分の行動に疑問をもっています。本当なら貴女の前に姿を現さず、陰から貴女を慕うだけで満足するつもりでした。また、それが正解だったかもしれません。ただ、ある事情があって自分の人生に踏ん切りをつけなくてはならなくなったのです。これは貴女には関係のない、わたしの個人的な事情ですが。それで新しい生活に踏み出すためにも、今までのくすぶりを清算しようと思い立ったのです……」
 男の言葉を、裕美子は夢の中にいるような気持ちで聞いていた。

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「あの事件で貴女の姿を見たとき、世の中にこんなに美しい人が居るのかと思いました。そしてその日から、わたしの中で美といえば貴女を指すようになったのです。実は……、だいぶ前からわたしは貴女の所在を知っていましたし、姿も見ていました。ただそれは太陽のような貴女を、日陰からこっそりのぞき見ていただけにすぎません。しかし、わたしはそれで満足していました。わたしは貴女とは住む世界が違うのだ、何度も自分に言い聞かせました。そこに先ほどのような事情が起こったわけで……。こうして貴女の前に現れることになったのです」
 ソファにもたれかかった男をじっと見つめながら裕美子は唇を噛みしめた。陰から自分の姿を見られていたかと思うと、少し気持ち悪い思いもするが、男の真剣な口調はそんな思いを打ち消すほどの熱意に満ちていた。
「だから……、貴女をこの腕に抱きたいのです……」
 当然の言葉とはいえ、実際に口に出されると驚きと狼狽が身体を包む。サングラス越しの男の視線が自分の裸身を見透かしているようだ。あらためて背筋に冷たい汗が流れる。
「人妻の身であり、何不自由のない幸福な生活を送っている貴女にとって、本来ならわたしなど歯牙にもかけない相手でしょう。身勝手な、身分不相応なお願いだとはわたし自身が一番感じています。それにわたしのようにどこの馬の骨ともわからない男とベッドをともにすることは、貴女にとって大変危険なことだということも理解しています。ですが、今までの話の中で、少しでも、ほんの少しでもわたしに対する信頼を感じているのならば、貴女の豊かな愛情をわたしにも分けて欲しいんです……」
 最も熱く、そして最も即物的な告白だった。裕美子という女神を崇拝する一人の信者の、全身全霊を使っての祈りだった。
「この十年にわたるこの愚かな男の思いを受け入れて欲しいのです。女神のような貴女をこの腕に抱くことができたならば、わたしは心置きなく新しい生活に足を踏み入れることができるのです……」
 目を閉じ、じっと男の言葉に聞き入っていた裕美子がポツリポツリと言葉を吐き出した。
「あなたのお気持ちは、一人の女としてとても嬉しいです……年齢的にもですが、いろんな意味で女としての自信を失いかけていましたから……」
 ハンカチを額にあてながら続ける。汗が流れるほどの不思議な胸の高鳴りを覚えた。
「わたしのことをそこまで熱烈に思ってくれている人がいるんだ、そう思うだけで自信が沸いてきますし、元気も出ます。ましてあなたはわたしの十年来の重荷を下ろしてくれた方です……それには心底感謝しています、言葉では表現できないほど……」

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 言葉を選びながらゆっくりと話した。考えていた最悪の事態が回避でき、裕美子にも少し余裕が出てきたのだ。どこの誰かは知らないが、身体の話は別として、自分に害を与えるような存在ではないと感じ始めてもいた。
 この男が現れなければ、自分はあの鉛のような不安な記憶を刻んだまま人生を過ごしていかなければならなかったのだ。そう考えるとできるだけのことはしたいと思う。身体が欲しいというのなら与えてもかまわない、そこまで思われれば女として本望だ、裕美子は思った。
 先日の渉との再会にも胸が躍ったぐらいだし、生身の女なのだから男にも興味がある、それは認める。ただ、決心するまでにもう少し時間が欲しい……。
「少し待っていただけないでしょうか……。わたしも人の妻です。ですからすぐにというわけには……」
 裕美子としては最大限に譲歩した答えだった。即答できる問題ではなかったし、すぐに服を脱ぐような女なら男も幻滅するのではないか、考えた末の裕美子の結論だった。




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