裕美子は不安だったが、
(まあ、何か機会を見つけてそれとなく浩一郎さんに聞いてみよう。あんまり心配させても悪いし……)
そんな思いにふけっていたが、携帯の着信音に我に帰った。バッグから取り出し、
「また渉さんだわ……」
画面を見ながら呟いた。迷惑そうな表情がバックミラーに映し出される。ドライブモードにしているため、電話はすぐに切れた。ちょうど信号が青に変わった。
「やっぱり一度は話さなきゃいけないのかな……」
言葉と一緒にため息も出る。
今の裕美子には渉の存在はどうでもいいものになっていた。自分を女神のように崇拝し、心身ともに満足を与えてくれる男の存在が何より大きかった。別に数多くの男性と知り合いたいわけではない。たった一人でいいのだ。魂が触れ合うほど深く交わることのできる相手がいれば。だからもう……。
しかもこれからは自分からも連絡できるのである。渉との事は過去の思い出としてしまっておきたい、そう思った。
自宅マンションが近づいてくると、裕美子はサングラスを取った。
(今日の夕食は何にしようかな)
そんなことを考えながら車を駐車場に停めた。
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翌日の寝覚めはさわやかだった。夫からは帰れないという連絡があったので、裕美子はダブルベッドの広いスペースを独りで占拠した。激しい疲労感も、快眠が吹き飛ばしてくれた。夢を見ることもなく、ぐっすりと眠ることができた。
「嫌だ、もうこんな時間」
いつもは目覚し時計をかけなくても六時半ごろには目を覚ますのだが、今日はすでに九時を過ぎていた。これといって予定も約束もないのだが、裕美子は軽い罪悪感を覚えた。
「それだけ疲れてたってことかしら……ね」
ベッドから出ると、カーテンを開けて大きく背伸びをした。朝の光が差し込み、しだいに頭がはっきりしてくる。昨日の出来事を思い出すと、自然と笑みがこぼれ、全身が幸福感に満たされた。渇ききっていた身体に水分が補充され、何か体調までが良くなり、少しずつ若返っているようだ。
(まだまだ若いんだから、頑張らなくっちゃ)
もう一度背伸びをすると同時に、自宅の電話が鳴り出した。
(こんなに早くだれかしら?)
首をかしげながら受話器を取った。
「あ、裕美子さん。おはようございます」
「おはよう。こんなに早くにどうしたの?」
朝一番の電話は貴彦からだった。努めて明るい口調にしようとしているが、どこか沈んだ雰囲気にあるのを裕美子は聞き逃さなかった。
「朝っぱらから申し訳ないんだけどさ、ちょっと話があるんだ……」
彼の重いしゃべりに、昨日の着飾った美登里の姿が思い出された。
(昨日のことかしら?)
「そっちに行ってもいいかな? ちょっと相談というか、話があるんだ」
「ごめんなさい、今起きたばかりなのよ。だから……、そうね一時間後ぐらいに来てくれる?」
いくら身内でも寝起きの顔は見せられない。一時間あれば、シャワーを浴びて身支度をするにも充分だ。
「わかった。じゃあ十時に行きます。無理言って悪いけど」
用件だけを伝えると、貴彦は電話を切った。
(何か暗い感じだったけど……。わたしに話って言うぐらいだから美登里さんのことね、きっと……)
受話器を置きながら裕美子は考えた。
今までも何か相談事があるときは、夫よりも先に裕美子に話してくれていた。義母というよりも姉のように接してくれる彼を、裕美子も弟のように思っていた。だから美登里との結婚の話も嬉しかったし、男として頼もしくも感じていたのだ。
(まあ、すぐにわかることだし……)
裕美子はあれこれ詮索するのをやめた。
全裸になって熱いシャワーを浴びると、肌が刺激されて昨日の感動が呼び戻される。細い首筋から滑らかな鎖骨。白い二の腕。柔らかな乳房にコリコリした乳首。なだらかな腰に豊潤なヒップ。鬱蒼とした繁みに隠れた淫靡な亀裂。むっちりした太ももに引き締まったふくらはぎ。
それぞれの部分が男の愛撫を覚えていた。
(朝っぱらからこんなことを考えるなんて……、嫌だわ……。貴彦さんの相談を聞かなくちゃいけないのに……)
さっと全身を洗い流して浴室を出た。いつでも男に連絡を取れるという安心感から、裕美子にはいろんな意味での余裕が生まれていた。
バスタオルを巻いて鏡台の前に座ると、三十四歳の成熟した人妻の顔が映し出される。夫の留守中に二度も男に抱かれた人妻の顔が……。
(あの人はわたしの恩人なの。そしてわたしを女神のごとく慕ってくれているわ。その信者の願いを聞き入れただけなのよ……)
男の愛撫に悶え、狂喜した自分に対する言い訳だった。最初はともかく、二度目は裕美子の方も待ち望んでいたことなのだ。それは自分が一番良くわかっていた。
化粧を終え、ジーパンとトレーナーの軽装に着替えた。昨日の罪悪感からか、せめて家の中では地味な服装でいようと思ったのだ。
「そろそろ十時ね……」
髪を後ろで縛り、時計を見上げながら呟いた。時間に正確な貴彦のことだから、もうエレベーターに乗っているだろう、裕美子が思ったときに玄関のチャイムが鳴った。
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